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岐阜地方裁判所 昭和61年(行ウ)9号 判決 1987年3月25日

岐阜市曽我屋一五四六番地

原告

坂口幸雄

岐阜市千石町一丁目四番地

被告

岐阜北税務署長

井上清

右指定代理人

森岡澄男

内藤政美

中島勝

横山緑

長谷川武一

吉野満

主文

一  原告の訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告は次のとおりの裁判を求め、その請求の原因は別紙一記載のとおりである。

1  昭和五七年四月二三日開始した相続にかかる相続税に対して、被告が昭和五九年三月二九日付でなした課税処分について、別紙物件目録記載の農地等一三筆の評価額のうち一七一万六〇〇〇円を超える部分については、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の申立)

主文同旨の裁判を求め、その理由は別紙二記載のとおりである。

(本案についての申立)

被告は次のとおりの裁判を求め、その理由は別紙三記載のとおりである。

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

理由

原告は、被告が昭和五九年三月二九日付で行った更正処分中の別紙物件目録記載の財産に対する評価行為の取消を求め、前記申立記載のとおりの裁判を求めるものであるが、右評価行為は相続税額を確定する前提として相続にかかる納税義務者の取得財産の価額を決定するものであって、右評価行為自体によっては納税義務者に対し何らの権利義務その他の法律的効果も生ぜしめるものではないことからすると、右のごとき評価行為をもって本件取消訴訟の対象たりうる行政庁の処分と認めることができないことは明らかであるから、原告の本件訴えは不適法であり却下を免れない。

よって、原告の本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴訟八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田宏 裁判官 大月妙子 裁判官 沼田寛)

物件目録

市街化調整区域・農業振興地域・河川区域

<省略>

別紙一

請求の原因

一、原告は、昭和五十七年四月二十三日相続にかかる前記農地等計十三筆(以下、本件農地等という)の財産価額について、名古屋国税局長決定の昭和五十七年分農業投資価格(岐阜県地域は一〇アール当たりで田が六四万円、畑が四六万円)をもって、相続税法に規定する「当該財産の取得の時における時価」に相当するものとして修正申告したところ、被告は当該価格の二―三倍にものぼる高額評価の決定をした。

二、これに対して原告は、このような高額の評価額は本件農地等の取得における時価に相当するものとは認め難い。これは、その取得の時点ではなく、取得後のある時点における財産価額、すなわち将来においてその土地が仮に転用されるとした場合における仮定の財産価額を評価したものというべきであって、本件農地等の取得の時における農業利用上の財産価額とは何の関係もない。

もともと本件農地等は、いずれも転用困難な市街化調整区域内の、それも農業振興地域内(その主要部は農用地区域内)にあり、かついずれも河川区域内にあるので、現在及び将来にわたり恒久的に農業利用に供する以外、格別の利用法は見出し難い。

しかも、その主要部は相続の直前まで低湿地だったので、これを畑地にするため隣接河川の改修を機会にその残土でもって埋め立ての途中であった。

これらの事情から見て、本件農地等の取得の時における財産価額は、その土地が農業上の収益財産として恒久的に農業の用に供される場合の農業投資価格に相当するものとして、再評価が行われるよう所定の手続により異議申し立てをしたが、被告は昭和五九年八月九日付でこれを棄却した。

そこで原告は、前記と同様の趣旨で名古屋国税不服審判所に対し、所定の手続により不服申し立てをしたが、同審判所は昭和六十一年一月二八日付でこれを棄却した。

三、しかしながら、被告が行った本件農地等についての前記高額評価の決定は、ア相続税法に定める「時価」の解釈を誤り、イ市街化区域と非市街化区域を混同し、ウ市街化区域内農地の譲渡所得にかかる税負担分を非市街化区域内農地等の相続税に転嫁するものであって、税負担の公平の原則に反し明らかに違法である。その祥細な理由は次の通りである。

ア 「時価」の解釈の誤りについて

(1) 相続税法は、その評価の原則で「当該財産の取得の時における時価」により相続財産の価額を評価するよう定めているにもかかわらず、被告の前記決定は、本件農地等の取得の時における当該財産の通常の使用価値に照応するものと認められる通常の交換価値以外に、将来の転用にかかる過大な期待価格を含めてなされたものである。

このような過大な期待価格は、当該財産の将来の使用価値、それも何ら実現の見込みのない仮定の使用価値に照応すべき仮定の交換価値を欺慢的に先取りするものであって、明らかに当該財産の取得の時における時価とは認め難い。

(2) 地価公示法は、土地に関する「正常な価格」について、その定義を「自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格」とし、当該価格の農地等への適用除外を定めている。すなわち、この「正常な価格」の定義の中の取引の範囲は、「農地、採草放牧地又は森林の取引(農地、採草放牧地及び森林以外のものとするための取引を除く。)を除く」と明記されている。こうした農地等への適用除外は、不動産鑑定評価法や国土利用計画法においても同様になされている。

しかるに被告の依拠する国税庁の財産評価通達(以下、評価通達という)は、農地等を含む一般相続財産の評価に当たって、前記のような「正常な価格」と同一の定義を、相続税法に定める時価の定義として適用するよう誤った指示をしている。

関係文を引用すると、「時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ」――つまり、課税と評価の現況主義に立って、「不特定多数の当事者間で」――つまり、個々の当事者を特定することなく匿名の多数者間で、「自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」をいうものと定義されている。

この定義は、評価通達第一章総則に「時価の意義」として明示されているので、被告がこれに従って本件農地等の評価をしたことはあえて言うまでもないことである。

しかしながら、このような「時価の意義」を本件農地等の評価に適用することは、前記の「正常な価格」の定義を一般農地等の評価に適用することであり、それはとりもなおさず地価公示価格の農地等への適用にほかならない。

この場合、地価公示価格というのは、農地法に則して言えば、同法第五条に基づく転用目的での取引価格、又はその強い影響下にある転用代替農地取得のための同法第三条に基づく取引価格に比準して決定されるものであることは、地価公示法第二条の「正常な価格」の規定に照らして明らかである。

従って、前記「時価の意義」による一般農地等の評価は、地価公示価格の算定をする場合と同様に、当該土地の利用目的を変更し、「転用した場合には、どれだけの交換価値があるか」という観点から行われるものであって、その土地の農業利用とは本来、無関係である。

(3) 租特法は、農地の「農業投資価格」の定義を、「その所在する地域において恒久的に耕作の用に供されるべき農地法第二条第一項に規定する農地として《自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格》」と定めている。

この定義文の後半にある《自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格》というのは、前記「正常な価格」の定義の本文と全く同文であるが、その前半にある「その所在する地域において―――農地として」の文言は、後半の取引の対象となる土地を、農地法第二条所定の農地、すなわち「耕作の目的に供される土地」に限定している。それも「恒久的に」という用語で表現しているので、農地転用の場合を除外していることは全く明らかである。

これは、租特法の実務面から言えば、農業投資価格による二十年間の納税猶予は、その間の耕作継続を条件としているので、少なくとも納税猶予の期間中は農地転用を認めないものと言わなければならない。

従って、実務面から見た農業投資価格というものは、その適用の対象となる農地の取得の時から少なくとも二十年間は耕作が継続される土地の通常の使用価値に照応する交換価値というべきであり、その後についても法の趣旨としては、前述のように恒久的な耕作を予想しているので、転用後の使用価値に対する期待価格を含まないものであることは明らかである。

こうした趣旨に基づく農業投資価格は、農地法に即して言えば、耕作目的での民有農地の買収や国有農地の売り渡し価格である「耕作目的での通常の取引(農地を農地以外のものとするためその農地を売り渡した者がその農地に代わるべき農地を取得するために行う取引その他特殊な事情の下において行われる取引を除く=農地法施行令第二条)の価額」の趣旨と基本的に一致するものと言わなければならない。

そればかりか、農業投資価格はその決定に当たって土地評価審議会の意見を聴くべきことが租特法に明記されている。この場合、土地評価審議会というのは、相続税法の「財産の評価」の章で設置が定められ、その職務は「土地の評価に関する事項で国税局長がその意見を求めたものについて調査審議する」と明確に規定されているので、同法の評価の原則を尊重し、これに従って調査審議する機関であることは、言うまでもないことである。

この規定により土地評価審議会は、国税局長が農業投資価格についてその意見を求めた場合も、あるいはまた各種の評価倍率等についてその意見を求めた場合も、前記評価の原則を尊重し、これに従って調査審議するものであることは全く明らかである。

もし、そうでなければ、租特法の農業投資価格なるものは、相続税法に定める「時価」と全く無関係な存在となり、それによる納税猶予適用の本来の意義を失うに至るのは必然的である。それは、そうした納税猶予によってこそ、税負担の適性化が図られるとの立法趣旨が、その根底から崩れ去るからである。

こうした納税猶予の本来の趣旨は、一般農地等について言えば、大字又は小字単位で設定された通常の評価倍率等による農地評価額は本来、県単位の農業投資価格とも基本的には一致すべきものであるにもかかわらず、市街化区域を中心とする局地的事情等により、これを大きく上回る場合、この超過部分に対して現実に徴税するのは、税負担の公平の原則から見て適切でない、との法意があるからにほかならない。

イ 「市街化」「非市街化」区域の混同について

(1) 周知のように市街化区域内の農地は、農地法の第四条、第五条ともに転用許可を要しないにもかかわらず、前記評価通達は、農地転用許可基準(以下、転用基準という)により当該農地の分類評価をするよう誤った指示をしている。

被告がこうした誤った指示に基づいて市街化区域内農地の分類評価をし、さらに非市街化区域内農地についても同様の分類評価をしたことは、本件農地等の高額評価から見ても明らかなので、これについて言及したい。

(2) それでは一体、評価通達はどのような必要があって、本来、転用許可を要しないはずの市街化区域内の農地に対して転用基準を適用しようとするのであろうか。

言うまでもなく、転用基準は、農地法上の転用許可を要する場合に該当する農地の転用を許可するかどうかの審査基準とされているものである。これは、農政の実務から言えば、転用の制限に関する農地法第四条又は転用のための権利移動に関する同法第五条により転用許可の申請があった場合に、農政当局がその許可をするかどうかの審査を行うための基準であり、従ってその適用対象区域は、当然のことながら、転用許可を要する非市街化区域でなければならない。

(3) これに対し、市街化区域内の農地は、農地法の抜本的改正により転用に関する届出制が導入された結果、第四条、第五条ともに転用許可を要しないものとなったので、当然のことながら、そうした転用許可のための審査をする必要はなく、また許可の必要もないのであるから、何ら転用基準を適用する必要はないはずである。

(4) しかるに評価通達が市街化区域内の農地について転用基準による分類評価をするよう指示しているのは、当該農地が依然として転用許可を要するものと、誤って解釈されているからにほかならない。

(5) 確かに農地法の関係文を見ると、市街化区域内の農地であっても、事前に転用の届出がなされない場合には、転用許可を要するかのように読み取れなくもないが、はたして本当にそうであろうか。

現実の問題として考えれば、容易に分かることであるが、市街化区域内農地の転用については、事前の届出をすればよいわけだから、その届出をしないで、あえて転用許可を申請する必要はないし、また仮にそうした申請があったとしても、農政当局としては、その許可申請を正規の届出に切り替えるよう窓口指導をすればよいのであるから、やはり転用許可の必要はないものと言わなければならない。

(6) それにもかかわらず、評価通達が転用基準により市街化区域内農地の分類評価をするよう指示しているのは、なぜであろうか。宅地又は見込み地の評価基準がないからであろうか。

否、そうではあるまい。宅地又は宅地見込地の評価基準ならば、昭和四十四年に制定された不動産鑑定評価基準があるからである。

(7) この不動産評価基準は、建設省が定めたものであるが、法的には不動産鑑定評価法に基づくものである。同法は、農地等への適用除外を定めているので、その趣旨に沿って同評価基準は、農地や林地については公共事業の用に供する土地を例として、それぞれ転用の場合における鑑定評価の方法を記述している。すなわち、この場合における農地又は林地の鑑定評価額は、「比準価格を標準とし、収益価格を参考として決定するものとする」と明記している。

(8) また、宅地見込地については、不動産鑑定評価基準は、その土地の鑑定評価額を求める方法として、「比準価格及び《当該宅地見込地について、価格時点において、転換後・造成後の更地を想定し、その価格から通常の造成費相当額等を控除し、その額を当該宅地見込地の熟成度に応じて適正に修正して求めた価格》を関連づけて決定するものとする」と述べている。(文中一部省略)

(9) さらに、こうした宅地見込地の評価において、熟成度の低い宅地見込地を鑑定評価する場合は、「比準価格を標準とし、転換前の土地の種別に基づく価格に宅地となる期待性を加味して得た価格を比較考量して決定するものとする」と記述している。

この中で、「転換前の土地の種別」という用語が見られるが、ここでいう土地の種別とは、転用基準による農地区分ではなく、「土地の種別の分類」の項で明記されているように、「用途的地域の種別に基づき分類される土地の区分」をいうものであって、例えば宅地(住宅地、商業地、工業地等)、農地(田地、畑地等)、その他としては林地、見込地等の区分が示されている。

(10) このような意味での土地の種別、つまり「用途的地域の種別に基づき分類される土地の区分」としての土地の種別というものは、もともと不動産鑑定評価基準でいう不動産の種別の一つなのであるから、その不動産の種別の定義、すなわち「不動産の用途に関して区分される不動産の分類をいう」との趣旨から見て同一の用途の土地は同一の種別の土地とするものであることは明らかである。

そこで、このような土地の種別の意味に照らして、転用基準による第一種農地、第二種農地、第三種農地の三区分や調整区域転用許可基準による甲種農地、乙種農地の各区分を見ると、いずれも同一用途の土地の区分であるから、全ての区分が同一種別の土地、すなわち農地であることが分かる。

従って、前記の「転換前の土地の種別」という場合の土地の種別は、転用基準等による農地区分でないことは明らかである。

(11) しかし、ここで一つ注意しなければならないのは、土地の種別としての「見込地」の意味についてである。これは、同評価基準によると、「見込地とは、宅地地域、農地地域、林地地域等の相互間において、ある種別の地域から他の種別の地域へと転換しつつある地域の内にある土地をいい、宅地見込地、農地見込地等に分けられる」と記述されているので、これと農地等への適用除外の趣旨と併せ考えると、農地地域から宅地地域へと転換しつつある地域の内にあっては、「見込地」というのは、宅地に転用される農地のことであるから、さしずめ転用許可を受けた農地がこれに該当するものと言わなければならない。

(12) また、これに関して同評価基準では、「移行地」の定義が示されている。すなわち、「移行地とは、宅地地域、農地地域等の内にあって、細分されたある種別の地域から他の細分された地域へと移行しつつある地域の内にある土地をいう」とされている。

これは、同一の種別の土地に関する移行現象を指しているので、農地地域の内にあっては、「農地」の種別の内部での現象であり、さしずめ転用基準による第二種農地又は第三種農地が、ここでいう「移行地」に該当するように思われる。

(13) もし、そうだとすると、転用基準による農地区分は、こうした移行地の鑑定評価法として有用であることが十分推察される。

しかし、転用基準の対象となる移行地は農地なので、これに不動産鑑定評価基準を適用するのは、農地等への適用除外の趣旨から見て、農地を転用する場合に限定されることは明らかである。

従って、転用基準による農地区分がそうした移行地の鑑定評価法として有用であるのは、当該農地が転用される場合、すなわち、見込地に該当する場合であることが分かる。

(14) このように移行地であって、しかも同時に見込地でもあるような農地は、不動産鑑定評価基準でいう「熟成度の低い宅地見込地」が、これに該当するものと思われる。

そこで、こうした熟成度の低い宅地見込地の鑑定評価法を見てみると、前記のように「比準価格を標準とし、転換前の土地の種別に基づく価格に宅地となる期待性を加味して得た価格を比較的考量して決定するものとする」と記述されている。

この場合、その「宅地となる期待性」は、転用許可の要、不要にかかわらず、当該農地が宅地となるための自然的、社会的な諸条件が熟成しているかどうか、という土地の客観的条件に対する期待性を表わす尺度として、転用基準による農地区分が有用となることが推察される。

(15) しかし、そうした土地の客観的条件に対する「宅地となる期待性」を表わす尺度としての転用基準の有用性というものは、あくまでもそれが不動産鑑定評価基準の一環として運用される場合に限定されることに留意しなければならない。

前述のように、同評価基準は、農地に関しては転用の場合における鑑定評価を定めているので、これを転用しない場合の農地評価に適用することは、その本来の趣旨に反するからである。

(16) とは言え、前述の市街化区域内農地の場合は、同じく農地とは言っても大きく事情が異なる。それは、転用に関する届出制の導入により当該区域内の農地は転用許可を要しないものとされているからである。

しかも、当該区域は、都市計画法により優先的かつ計画的に市街化を図るべき区域と定められているので、その区域内の農地は明らかに近い将来において宅地化されることを社会的要請としている土地である。

このような土地は、現実に転用の届出がなされているかどうかにかかわらず、不動産鑑定評価基準に照らした場合、前記のような「移行地」又は「宅地見込地」にほかならない。それも移行地であって、同時に見込地であるような特殊な土地であることに留意しなければならない。

(17) 従って、こうした市街化区域内の農地に対して、前記のような土地の客観条件に対する「宅地となる期待性」を表わす尺度として、つまり不動産鑑定評価基準の一環として転用基準を適用することは必しも違法ではなく、むしろ法的な妥当性を有するようにも思われる。

しかしながら、当該農地に対して、転用基準を不動産鑑定評価基準の一環としてではなく、その本来の農地転用のための許可基準として適用し農地分類することは、その農地を事実上、「転用許可を要する農地」として取り扱うことであり、明らかに法解釈を誤るものと言わなければならない。

(18) また、これとは逆に、非市街化区域内の農地に対して、転用基準による農地区分を不動産鑑定評価基準の一環として適用することは、農地等への適用除外の趣旨に反するので、前記市街化区域の場合とは、事情が一変する。 周知のように、非市街化区域においては、農地法の大改正によって農地規制が一段と強化されて今日に至っている。それは、市街化区域において、農地転用に関する届出制が導入されたことの代償措置ともいうべきものであり、優良農地の保全がその目的であることは言うまでもない。

(19) こうした農地規制強化の象徴的な条項が第八十三条の二の「違反転用に対する処分」の新設である。具体的には許可の取り消しや許可条件の変更又は新条件の附加、さらには工事その他の行為の停止や原状回復その他の違反是正措置―――が規定されている。

これらの違反是正措置の中でも、原状回復の措置は、その対象となる土地の形質等がどのようなものであるかを問わず、農地法を適用し、それによって可耕地としての原状を回復しようとするものであって、農地法上画期的な規定と言わなければならない。

(20) しかるに評価通達は、こうした厳格な農地規制が行われる非市街化区域内の農地であっても、いつでも転用許可が受けられるかのような、あるいは、すでに転用許可を受けたかのような誤った前提の上に立って、当該農地に転用基準を適用し、それによって農地の分類評価をするよう指示している。

しかし、これは農政当局による転用許可の審査とは、全く無関係なので、そうした分類評価の結果、いかに高額の納税証明書が交付されたとしても、それによって自動的に転用許可が受けられるものでないことは明らかである。

(21) そればかりか評価通達は、非市街化区域内であっても、「転用許可を要しない農地」がある、との仮空の前提の上に立って、一般農地の分類評価をするよう指示している。これは単に「転用許可を要しない農地」があるというだけでなく、それによって非市街化区域と市街化区域の法的な等質性を強調するための措置のようにも思われるので、はたして非市街化区域にも、そうした「転用許可を要しない農地」が存在するかどうか検討してみたい。

(22) しかし、その前に評価通達でいう「転用許可」がどのような意味で使われているかを明らかにする必要があるものと思われる。それは転用許可の意味が一般の使用法と異なっていると、「転用許可を要しない農地」の意味も異なってくるからである。

(23) そこで、評価通達の第二章第三節の「市街化農地の範囲」の項を見ると、(1)として、農地法第四条又は第五条に規定する許可(以下、「転用許可」という。)を受けた農地―――とあるので、同通達でいう「転用許可」とは、農地法第四条又は第五条に規定する許可の意味であることが分かる。

(24) ついでながら、「転用の届出」についても評価通達での用例を見てみると、(2)として、市街化区域内にある農地のうち農地法第四条第一項第五号又は第五条第一項第三号の規定により、都道府県知事に届出のあったもの――とあるので、これも前記の「転用許可」の場合と同様、農地法第四条又は第五条に規定する届出の意味であることが分かる。

なお、ここで引用する評価通達は、昭和五十七年当時のものであるが、農地法上の転用の届出先は、すでに昭和五十五年の改正で都道府県知事から農業委員会に変わっていることに留意したい。こうした法改正と評価通達とのズレは、事務的なものから基本的なものに至るまで広く存在するように思われるからである。

(25) さて、本題の「転用許可を要しない農地」について評価通達の関係文を見てみると、(3)として、農地法の規定により、転用許可を要しない農地として、都道府県知事の指定を受けたもの―――と記述されている。

この場合、評価通達でいう「転用許可」とは、前述のように農地法第四条又は第五条に規定する許可、つまり転用のための許可だけでなく、転用のための権利移動の許可をも意味することに十分留意したい。

こうした二つの条項における許可の意味での「転用許可」は、元はと言えば転用関係の規定が一本化されていた旧農地調整法以来の一般的かつ伝統的な用法のように思われるので、現行農地法における第四条だけの許可と区別して、広義の転用許可として理解したいと思う。

(26) それでは、このような広義の転用許可の意味で「転用許可を要しない農地」が非市街化区域にも存在するであろうか。

それに先立って、前記の関係文をもう一度よく見てみると、「農地法の規定により、転用許可を要しない農地として、都道府県知事の指定を受けたもの」となっている。

しかしながら、このような文面に該当する規定は、農地法のどこにも見当たらないことを、まずここに指摘しなければならない。

(27) そこで、これにやや類似する文面をさがしてみると、第七条第一項第四号に「近く農地以外のものとすることを相当とするものとして、省令に定める手続に従い、都道府県知事の指定を受けた小作地」というのがある。

しかし、この規定は、小作地の所有制限の例外に関するものであって、その場合の知事指定の目的は所有制限の緩和であり、その指定の内容は「近く転用を相当とする小作地」の意味にほかならない。

また、転用に関する二条項との関連を見てみると、第四条第一項第一号により、いわゆる自用地としての転用は許可を要しない場合に該当するが、そうでない場合は第五条の許可を要することは明らかである。

(28) その他の類似規定としては、第四条第一項第六号の「その他の省令で定める場合」の一つとして、旧自創法第五条第四号の場合がある。

これは、「買収しない農地」の一つとして規定されているもので、ここに関係文を引用すると、「都市計画法第十二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地その他主務大臣の指定するこれに準ずる土地又は都市計画による同法第十六条第一項の施設に必要な土地の境域内にある農地で都道府県知事の指定する区域内にあるもの」となっている。

この場合の知事指定は、旧都市計画法による土地区画整理事業の施行地や都市施設の用地を対象とする区域に関するものであって、現行市街化区域の言わば先行的形態に当たるが、この場合もやはり農地法第五条の許可除外規定はないので、前述の場合と同様、自用地として転用する以外の場合は、当該第五条の許可を要することは明らかである。

(29) このほか、前記の「省令で定める場合」の一つとして、「焼畑又は切替畑で法第七条第一項第六号の指定を受けたものを農地以外のものにする場合」というのがあるが、これは収穫の著しく不定な小作地の所有制限の例外に関する指定であって、この場合も自用地としての転用は許可を要しないが、そうでない場合の転用はやはり第五条の許可を要することは明らかである。

(30) 以上の三つの場合は、いずれも知事指定にかかる農地であって、それぞれ自用地として転用する場合、つまり農地法第四条に関しては許可を要しないが、そうでない場合は第五条の許可を要する農地に該当するわけである。

このほかに非市街化区域を対象とするような規定で知事指定にかかるものは、農地法関係では見当たらないので、知事指定に関連して広義の転用許可を要しない農地は、非市街化区域内には存在しないものと言わなければならない。

(31) しかし、目を市街化区域に転ずれば、都市計画区域の知事指定に伴なって市街化区域に関する知事決定が行われ、それによって当該区域内の農地は、評価通達でいうような広義の転用許可を要しない農地として存在していることが分かる。

それは、転用に関する届出制の適用によって、事実上、「転用許可を要しない農地」として存在するのであって、社会通念としてもそれが定着していることに注目したい。

(32) なお、このほかに広義の転用許可を要しない場合としては、農地法第八十条による国有農地等の売り払いにかかる土地の転用の場合があるが、これは農政当局がその土地について、農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときの特別措置であって、当該土地の売り払い自体が、すでに国から個人への転用のための権利移動にほかならない。

従って、この場合は、農地法第五条の転用のための権利移動の特殊な形態というべきものであって、基本的に見た場合、その権利移動は転用許可になるものと全く同等である。つまり、このような国による売り払いにかかる農地というものは、転用許可を要しない農地というよりも、すでに転用許可を受けた農地いうべきものに等しいのである。

このようなわけで、市街化区域以外には、広義の転用許可を要しない農地は、存在しないものと言わなければならない。

(33) しかるに評価通達が前記のように「転用許可を要しない農地として、知事指定を受けたもの」と記述しているのは、農地法上、「転用許可を要しない場合」があるのを、非市街化区域においても、「転用許可を要しない農地」があるものと誤って解釈された結果であろうと推察される。

しかし、これは通俗的な表現としてはともかくも、行政庁の法解釈としては、明らかに誤りであると言わなければならない。

(34) そこで、このような誤りを生じた原点を考えて見ると、「農地とは何か」という基本的な農地観の問題が浮かび上がってくる。すなわち、農地とは、農地法第二条の規定により「耕作の目的に供される土地」のことであるが、問題は「転用の目的に供される土地」との関連で、農地としての終期がいかなる時点か、ということに帰着するように思われる。

(35) 例えば農地法第四条を見ると、その第一項第二号に「次条第一項の許可に係る農地をその許可に係る目的に供する場合」というのがある。

これは、第五条の許可を受けて「転用の目的に供される土地」となっても、現実に転用されるまでは、当該土地はまだ農地であるというような現況重視型の農地観の上に立っているように思われる。

(36) しかし、これとは逆に市街化区域内農地の転用の届出の場合には、前記のような第四条の許可除外規定が見られない。つまり、第四条の中に「次条第一項第三号の届出に係る農地をその届出に係る目的に供する場合」という規定がないのである。

それでは、第五条の届出をしても、現実にその土地を転用する場合は、改めて第四条の届出が必要なのであろうか。

否、その必要はない。それは、実は農地法施行規則でそう定められているからである。

(37) とはいえ、このように第四条の許可除外規定が当該条項に明記されず、施行規則で言わば補足的に明記されるようになったことの背景を考えてみると、そこには基本的な農地観の修正があったことに気づかざるを得ない。

それというのも、本来ならば、非市街化区域における許可制の場合と同様に、市街化区域における届出制の場合も、土地の現実の転用に備えて第四条の中に許可除外規定が明記されてしかるべきであるが、それがなされなかったのは、第五条の届出により「転用の目的に供される土地」として農地法上の地位が確定さえすれば、その土地が現実には転用されていなくても、もはや「耕作の目的に供される土地」とは認め難い―――という、言わば土地の利用目的重視型の農地観の確立があったからにほかならない。

(38) また、このような目的重視型の農地観の確立があったからこそ、市街化区域内の農地について、その土地の現況のいかんにかかわらず平等に転用の機会を認める届出制の導入があったものと言わなければならない。

しかも、その背景には、土地の現況のいかんにかかわらず転用工事を可能とするような土木技術の発達があることも指摘しなければならない。

周知のように現代の土木技術は高度な発達を遂げているので、法的に農地の転用が可能でさえあれば、技術的にはごく短時日の間に容易に転用が可能である。こうした土木技術の発達を考えれば、土地の現況のいかんにかかわらず目的重視型農地観が確立されてくるのは、時代の要請に沿うものであることが容易に理解される。

(39) こうした土地の利用目的重視型の農地観の確立というものは、市街化区域だけでなく、非市街化区域においても同様である。

例えば違反転用に対する原状回復の措置は、このような目的重視型の農地観の上に立って新設されたものと言わなければならない。もし、そうでなければ、すでに違反転用された土地は、その転用が完了した時点では明らかに農地ではなく、従って農地法の適用もなく、また、それによる原状回復の措置も必然的に実効を伴なわないものとなってしまうからである。

(40) このような目的重視型の農地観は、新都市計画法の施行に伴なう農地法の抜本的改正で法的に確立されたものと思われるが、その先がけとなる規定は、すでにその改正前からいくつか存在したことに留意したい。

それは、例えば「転用のための権利移動」に関する第五条の分化独立であり、また「近く転用を相当とする小作地」に関する第七条の所有制限の例外についての規定であり、さらには「農業利用に供しないことを相当とする国有農地等」の売り払いに関する第八十条の規定などである。

これらは、いずれも土地の利用目的変更に伴なう実質的な農地規制の解除の事例であり、不動産鑑定評価基準がこうした農地規制解除の土地を宅地見込地として鑑定評価しようとするのも、同じく目的重視型の農地観に基づくものである。

(41) とはいえ、こうした農地規制の解除の段階では、まだ現実には転用されていないのであるから、当該規制解除の土地というものは、従前通り可耕地の状態にあるものとみてよい。

従って、このような土地がその後も引き続き耕作されるような場合は、農地法第二条所定の農地、すなわち「耕作の目的に供される土地」として、再び農地規制適用の対象になり得るものと言わなければならない。

(42) このような「可耕地」の状態にあるのが前記市街化区域内の農地である。

言い換えれば、市街化区域内の農地というものは、都市計画法上は明らかに市街化を促進すべき土地ではあるが、農地法上はまだ「耕作の目的に供される土地」として存在しているわけである。しかし、都市計画法の趣旨に沿って、農地法においても、その転用促進を図るため第四条、第五条とも転用許可の除外地とされているので、その法的地位は、評価通達でいうような広義の転用許可を要しない農地に該当するものと言わなければならない。

(43) しかるに評価通達は、市街化区域については、転用の届出があった場合に限り「転用許可を要しない農地」と同等に取り扱い、転用の届出がない場合には転用基準を適用し、言わば「転用許可を要する農地」として分類評価するよう指示している。

また、これとは逆に非市街化区域については、転用許可を受けていない農地に対しても転用基準を適用し、さらには「転用許可を要しない農地」があるとして、言わば宅地並み評価するよう指示している。

これらは、いずれも市街化区域と非市街化区域の農地を、それぞれ基本的な点で混同するものと言わなければならない。

(44) 被告は、このような評価通達の誤った指示に基づき、市街化区域と非市街化区域の農地を混同した結果、必然的に本件農地等の評価を誤ったものである。

ウ 市街化区域内農地の譲渡所得税の転嫁について

(1) 租特法は、市街化区域内の農業用資産の買換えについては、譲渡所得税の課税の特例適用の基準として、「事業の用に供している資産」を譲渡した場合であって、しかも、「当該事業の用に供される資産」を市街化区域以外で取得した時に限る旨、定めている。

この規定によれば、譲渡される農業用資産というものは、「事業の用に供している資産」、従って農業にあっては「農業の用に供している資産」にほかならないが、被告は、こうした農業の用に供している資産ではなくて、「農業の用に供していた資産」、すなわち転用の届出により「転用の目的に供される土地」として恒久的に農業の用に供することをやめた資産を譲渡した場合にも違法に課税の特例を認めている。

(2) いうまでもなく、租特法に定める「事業の用に供している資産」であって、しかも「農業の用に供している土地」とは、当該譲渡資産の一覧表(第三七条第一項)の第五号に明記されているような「農業又は林業の用に供される土地」のことであって、従ってそれは、これまで「農業の用に供されていた土地」ではなく、今後も引き続き「農業の用に供される土地」の意味であることは明らかである。

そこで、その意味を農地法上の規定に照らして明確にしてみると、農業用建物等の用地を除けば、その主要な土地は、第二条第一項に定める「農地」又は「採草放牧地」というべきである。すなわち、租特法でいう「農業の用に供される土地」とは、「耕作の目的に供される土地」又はその他の土地であって、「主として耕作又は養畜の事業のため採草又は家督の放牧の目的に供される土地」がその主な内容である。

(3) これに対し、市街化区域における「転用の目的に供される土地」は、その転用の届出がなされるまでは、確かに「耕作の目的に供される土地」であったとしても、その届出と同時に土地の利用目的が完全に変更され、それによって農地規制も今や実質的には解除された土地に過ぎない。

従って、当該土地の現況が可耕地の状態であろうとも、またその登記上の地目が田畑のままであろうとも、前記のように転用の届出と同時に土地の利用目的が完全に変更され、その結果として、従前の土地利用における耕作目的というものは、やはり完全に廃止されて存在しないものというべきである。

また、このように耕作目的が廃止されて存在しない以上、その土地の農業用施設のための転用の場合を除けば、当該土地に対する農業の用も本来、存在しないはずである。

また、こうした農業の用が存在しないからこそ、転用のための権利移動が行われ、高額の宅地価格で取引されるものと言わなければならない。

また、評価通達が、転用の届出を境として、その後の土地をその現況のいかんにかかわらず宅地とみなして分類評価し、これに基づいて課税価格の計算が行われるのも、同じようにその土地に農業の用が存在しないからこそである。

(4) しかるに、転用の届出がなされた土地を、その土地の形質の故に、あるいはその登記上の地目の故に農業用資産として扱えば、一つの土地を、あるときは宅地として、またあるときは農地として扱うことであって、明らかに税務の一貫性、整合性を欠くものと言わなければならない。

これは、要するに宅地と農地の混同にほかならない。前記の市街化区域と非市街化区域の混同の場合も、同じく宅地と農地の混同の問題に帰着するものと言ってよいであろう。

(5) こうした宅地と農地の混同は、当面の買換え資産の場合だけでなく、農地評価の全般にわたって行われていることに留意したい。

それは、近隣農地の売買実例の選定の場合に、評価通達による売買実例選定の手法として行われているからである。

例えば、前述のような転用の届出があった農地又は転用の許可を受けた農地を、それぞれ宅地とみなして評価しながら、これを近隣農地の売買実例として、つまり再び農地とみなして利用する手口がそれである。

(6) しかしながら、評価通達が、こうした「転用の目的に供される土地」を宅地とみなして評価することとしている以上、国税当局にとって、その評価上の地目は明らかに宅地であると言わなければならない。

これは、農政当局が国有農地等を転用のために売り払う場合の評価上の地目とも一致しているので、税務、農政双方に共通する取り扱いと言ってよいであろう。

しかも、税務の場合、国税、地方税ともに、こうした評価上の地目に基づいて、すなわち「転用の目的に供される土地」を宅地とみなして評価し、これに基づいて課税されるのであるから、単に評価上の地目が宅地であるというだけでなく、税務全般における地目の取り扱い、つまり税務上の地目がすでに宅地となっていることに留意しなければならない。

(7) ここで登記上の地目について若干、言及するとすれば、「田畑」は必しも農地でないことを指摘しなければならない。それは、登記の申請の時点では、明らかに農地であっても、土地の現況はその後も変化する場合があることを想定すれば、容易に理解し得るところである。

例えば、登記申請の時点では、明らかに農地であった「田畑」を宅地に転用する場合を想定してみよう。この場合、その土地を明らかに耕作には不向きな砂利等で埋め立てたとしても、それだけでは通常、「宅地」としての登記は認められていない。この土地が実際に「宅地」として登記されるのは、建物の基礎工事等が行われてからなのである。

(8) 評価通達が、こうした登記上の地目とは別に、「地目は、課税時期の現況によって判定する」として、独自に税務上の地目を判定する方針を明示しているのは、前述のように、登記上の地目は必ずしも土地の現況と一致していないからにほかならない。

しかし、評価通達は、このように「地目は、課税時期の現況によって判定する」としながら、その土地の現況がどのようなものであれば、宅地であり、田畑なのか、その定義を明示していないので、税務上の地目判定に混乱を起こす要因となっている。

(9) そこで、とりあえず登記上の地目の定義を見てみると、昭和五十二年の法務省通達の不動産登記準則によれば、第一一七条に田については「農耕地で用水を利用して耕作する土地」、また畑については「農耕地で用水を利用しないで耕作する土地」―――と定義されている。

この定義によると、田畑というものは、いずれも「農耕地」であって、それが農地法第二条第一項に定める「農地」であるかどうか、必しも明確ではない。むしろ、それは字義から言えば、農地と耕地の総称ともいうべきものであって、農地法所定の農地より意味がやや広いものと言わなければならない。

(10) もっとも、この場合、その地目の定め方については、前記登記準則は「土地の現況及び利用目的に重点を置き、部分的に僅少の差異の存するときでも、土地全体としての状況を観察して定めるものとする」と明記しているので、ここでいう地目の判定は、土地の現況だけでなく、その利用目的をも重視して行われるものであることは明らかである。

そうだとすると、少なくとも登記申請の段階では、農地の定義である「耕作の目的に供される土地」の意義を十分に尊重して「田畑」の地目判定が行われるものであることが分かる。

しかし、こうして判定される「田畑」とその他の地目との中間段階にあるような土地の場合には、新地目の判定の厳格さ故に、当該土地の地目変更の登記はそれだけ困難なものとなることは必然的である。

(11) ところが、評価通達は、前述のように、税務上の地目については、独自に判定するとしながら、その判定のためのそれぞれの地目の定義を明示せず、それも土地の現況だけを重視した形で、「地目は、課税時期の現況によって判定する」としているため、前記の中間段階にあるような土地の地目判定の場合に、その土地の利用目的変更に十分対応し切れないものを内在していることは明らかである。

(12) こうした事情は、とくに転用許可を要しない市街化区域内農地の転用のための権利移動の場合、一層顕著なように思われる。それは、農地所有者の個人的な転用の意思はともかくとして、社会的な土地利用目的がすでに農地以外のものに変更されている上、事前に転用の届出がなされても、それだけでは土地の現況は格別変わらないからである。

(13) しかし、評価通達としては、市街化区域内にある農地のうち「転用の届出があったもの」については、明らかに税務上の地目を「宅地」としているのであるから、この場合における「宅地」化の時点は、現実に転用工事が行われる段階ではなく、またその土地の権利移動が行われる段階でもなく、それらに先行する転用の届出の段階であることは、全く明らかであると言わなければならない。

(14) それにもかかわらず、被告は、こうした転用の届出によって、税務上の地目が明らかに「宅地」化した土地を譲渡した場合、これを農業用資産の譲渡とみなして、つまり農地の譲渡とみなして、特定の事業用資産の買換えによる譲渡所得税の大幅減免を行っている。

(15) しかも、被告は、こうして税務上、明らかに「宅地」化した土地、つまり農地法上、「転用の目的に供される土地」の取引価格やその強い影響下にある転用代替農地の取引価格に比準して一般農地の評価を行っている。

その評価額は、本件農地等の主要部が所在する岐阜市曽我屋地区の場合、一般農地としては転用が最も困難な農用地区域内の水田でさえ、農業投資価格の十倍前後にものぼっている。

しかも、その評価額算定の場合の固定資産税評価額に対する評価倍率の推移を見ると、昭和五十四年に二十五倍であったのが、翌年は一気に六十倍へと上昇し、その翌年は八十倍、そのまた翌年で原告の相続年に当たる昭和五十七年の評価倍率は七十八倍となっている。

(16) 本件農地等の評価額が、前記のように、農業投資価格の二―三倍にものぼっているのは、このような評価倍率の異常な上昇の中での一連の現象の一つであり、大局的に見て、市街化区域内農地の転用目的での譲渡にかかる税負担分を、評価額引き上げの形で肩代わりする事態に至っているものと言わなければならない。

もちろん、このような形での税の転嫁は、税負担の公平の原則に反しており、明らかに違法である。

(17) そればかりか、被告は、こうして農地等の農業投資価格とそれによる収益を無視した過大な転用含み評価をしながら、自らはその評価額が、国有農地等の農地としての売り渡し価格である「耕作目的での通常の取引の価額」を大きく上回り売却困難のため、当該農地等を「売却できる見込みのない不動産」又は「法令に譲渡に関して特別の定めのある財産」と称して、その評価額による物納を認めないようにしている。

このような物納回避措置は、評価額による物納を定めた相続税法の物納規定に反するのはもとより、被告自らそうした過大な転用含み評価の誤りであることを認めるに至ったものと言わなければならない。

よって、原告は請求の趣旨記載の判決を求める。

別紙二

申立ての理由

1 本件訴訟に至る経緯及び本件訴訟審理の経過

(一) 原告は、昭和五七年一〇月二三日付けで、昭和五七年分の相続税の申告書を取得財産の価額二七、一六一、一九六円、課税価格二六、二一〇、〇〇〇円、差引税額一、六五五、一〇〇円として被告に提出した(乙第一号証)。その後、昭和五八年一〇月二二日付けにて、差引税額を八一七、七〇〇円に減額してほしい旨の更正の請求をなした(乙第二号証)。

これに対して被告は、昭和五九年三月二九日付けにて、取得した財産の価額二三、七一四、四〇七円、課税価格二二、七六三、〇〇〇円、差引相続税額一、〇七一、四〇〇円とする更正を行った(乙第三号証)。

(二) しかるところ、原告は、昭和六一年五月九日本件訴えを提起したものであるが、昭和六一年六月二五日の第一回口頭弁論期日以来四回の口頭弁論期日を経るも、請求の趣旨の対象となっている処分が十分特定されず、昭和六一年一二月一七日の第五回口頭弁論期日において、ようやく再度の請求の趣旨訂正の申立てをなした。

2 本件訴訟の審判の対象と処分性の欠如

(一) 当初、原告が、請求の趣旨として掲げていたのは、「被告が、昭和五十九年三月二十九日付で原告に対して行った昭和五十七年分相続税の更正処分にかかる岐阜市大字曽我屋字乙井二〇一七番地の一の田のほか別紙の相続農地等一覧表記載の農地等十二筆、以上合わせて十三筆の評価額を合計二七七万八六五一円とした決定を取り消す。」であったが、第三回口頭弁論期日において「昭和五七年四月二三日開始した相続に係る相続税に対して被告が昭和五九年三月二九日付でなした更正処分について課税価格二一〇四万七、二〇八円、納税額八五万五。九〇〇円を超える部分については、これを取り消す。」と訂正した。

しかるに、原告は、第五回口頭弁論期日において、昭和六一年一一月二五日付け請求の趣旨申立書により、請求の趣旨を「昭和五七年四月二三日開始した相続に係る相続税に対して、被告が昭和五九年三月二九日付でなした課税処分について、別紙記載の農地等十三筆の評価額のうち一七一万六、〇〇〇円を超える部分については、これを取り消す」に再度訂正した上、右請求の趣旨訂正申立書において「税務当局による当該財産の評価行為は、・・・個別かつ独立の行政行為である」とし、裁判所の求釈明に対して「同申立書一一頁記載のとおり本件土地に関する被告による評価額の決定自体を、直接、請求の趣旨の対象にする。この点に関し変更の意思はない。」と釈明しており、以上からすれば、原告がその取消しを求めている処分とは、納付すべき税額(課税処分)を算出するため、課税価格を計算する上で行った課税対象物件の一部たる土地の評価それ自体を指しているものと解せざるを得ない。

(二) しかるに、抗告訴訟の対象となるのは、いうまでもなく行政庁の処分であり(行政事件訴訟法三条二項)、処分とは、「公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、行政庁などが、その優越的地位に基づいて直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定することを法律上認められたもの」をいうとされている。

したがって、右処分性が認められるためには、その行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に影響を与えるような性質のものでなければならないところ、原告がその取消しを求めている土地の評価は、法律関係を生ぜしめる課税処分の前提事実にすぎず、それ自体は何らの法律的効果を生じないものである。

すなわち、前述したとおり、被告の行った処分は、あくまでも「課税価格二二、七六三、〇〇〇円、相続税額一、〇七一、四〇〇円」とする更正であって、原告のいうところの農地等一三筆の土地の評価ではないのであって、相続税の課税処分は、納税義務者の相続による取得財産価額から非課税財産価額(相続税法(以下「法」という。)一二条)と債務控除額(法一三条、一四条)を控除して相続税の課税価格(法一一条の二)を認定し、この課税価格に基づいて相続税額(法一一条ないし二一条)を確定に至らしめるものであって、課税価格認定に至る前提としての土地の評価については、評価自体が独立して法律上の効果を生じるものではないことは明らかである。

3 結論

以上のとおり、原告が取消しの対象としている本件土地の評価は、処分性を欠くものであり、本件訴えは不適法として却下されるべきものである。

別紙三

請求の原因に対する認否

一 訴状請求原因一、の事実中、原告が、本件農地などの財産評価額について、農業投資価格に基づき修正申告したとの点は否認し、原告が、昭和五七年四月二三日本件農地などを相続したこと、昭和五七年度の岐阜県における農業投資価格が、それぞれ一〇アール当たり、田について六四万円、畑について四六万円であったこと及び原処分の評価額がその二ないし三倍になることは、認める。

二 同二、の事実中、本件農地などが農業振興地域内で、本件課税処分当時、河川区域内にあるものと認められたこと、被告が昭和五九年八月九日付けで原告の異議申立を棄却したこと及び審査庁が昭和六一年一月六日付けで原告の審査請求を棄却したことは認め、その余は不知ないし争う。

三 同三、の事実中、原処分の評価額が、農業投資価格の二ないし三倍であったことは認め、その余の事実については、被告の以下の主張に反する部分を争う。

1 相続により取得した財産の価額は、相続税法第二二条の規定により取得の時における時価とされ、それが農業投資価格と一致しないからといって、何ら違法、不当となるものではない。

2 通常、農地の評価に当たっては、所轄国税局長の定める倍率を適用して評価額を算定することとされている(以下「倍率方式」という。)。

しかしながら、本件農地等は河川法の規制がある地域に存していたので、当該倍率方式にて評価することは不適当と認められた。

そこで、本件農地等の評価に当たっては、同一地域における特殊異例な売買実例を除いて、農家が農業の用に供することを目的とした売買において、通常成立すると認められる売買実例価額、精通者意見価格等を基に、一平方メートル当たりの価額を算定したものであり(以下「個別方式」という。)、結果的に右倍率方式による評価額より下回ったものである。

さらに、本件農地などのうち、原野の評価については、個別方式と倍率方式とでは、倍率方式による評価額が個別方式のそれを下回ったので倍率方式の評価を相当としたものである。

以上のとおり、本件農地などに対する被告の財産評価は、相当であって、これに基づいてなした本件課税処分も適法であり、右主張に反する原告の主張は失当である。

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